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神戸地方裁判所 平成9年(シ)18号 決定

主文

本件申立てを棄却する。

理由

第一  申立ての趣旨

1  申立人が、神戸市灘区永手町四丁目一番一号鉄道高架下鉄筋コンクリート造二階建店舗のうち、同二階部分の別紙図面斜線部分のうち一〇〇平方メートルにつき、罹災都市借地借家臨時処理法一四条所定の借家権を有することを確認する。

2  右借家についての相当な借家条件を定める。

第二  事案の概要

本件は、鉄道高架下にある駅ショッピングセンターのテナントであった申立人が、同ショッピングセンター管理会社である相手方に対し、罹災都市借地借家臨時処理法(以下「罹災法」という。)一四条による優先借家権を有することの確認と、その相当な借家条件の決定を求めたものである。

一  前提事実(証拠上明らかな事実)

一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  当事者等

相手方は、西日本旅客鉄道株式会社の関連会社であり、同鉄道会社東海道本線六甲道駅構内の鉄道高架下一階、二階に駅ショッピングセンター「ラミ六甲道」を設け、同ショッピングセンター内を区画して、テナントに貸していた。

申立人は、同ショッピングセンター二階の一部四六・四二平方メートルを医薬品等販売店舗として、別に二一・八〇平方メートルを倉庫として借り、同所で営業していた。

2  震災による倒壊滅失、再建

右ショッピングセンター「ラミ六甲道」は、平成七年一月一七日の阪神淡路大震災により全壊滅失した。

相手方は、ショッピングセンターを再建することとし、従前の出店テナントに出店募集説明をなし、優先的に出店申込みを受け付けた。

新ショッピングセンターは、平成八年一一月竣工し、同月三〇日「ジェイモール六甲道」として開業した。

3  申出等

申立人は、平成八年二月一日出店申込書により、再建されるショッピングセンターの別紙図面斜線部分のうち六〇ないし一〇〇平方メートルを店舗として賃借の申出をなした。

4  交渉経過

相手方は、ドラッグストアを新ショッピングセンターの一つの核として構想していたことから、申立人に約五四坪(別紙図面斜線部分)での貸借を求めた。一方申立人は、賃借面積がかかる面積になるのであれば賃料条件の減額を求めるとして、双方で条件の交渉となった。平成八年七月最終的には、申立人は三〇坪程度の賃借を希望し、相手方は五四坪での出店を求めて交渉がまとまらなかった。相手方は、その後、別紙図面斜線部分を申立人以外のテナントに賃貸した。

二  争点(本件の問題点)

1  本件に罹災法の適用があるか否か。

2  申立人が罹災建物の借主に当たるか否か。

3  申立人申出部分について借家契約の成否。

4  相当な借家条件。

三  争点に関する当事者の主張

1  申立人の主張

(1) 罹災法は、借家人が他に店舗を有する有しない等によって適用が左右されるものではない。

(2) 建物の一部であっても、障壁その他によって他の部分と区画され、独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するものは、建物であると解されるところ、ショッピングセンター「ラミ六甲道」では、各賃借人がそれぞれ店舗について障壁は設けていないけれども、器具、備品、ついたて等で区画を設けて独占的排他的支配を行っているものであるから、申立人の旧店舗は建物に該当する。

(3) 罹災法の趣旨は、旧建物の借家人に対し、新建物についても旧建物とほぼ同じ内容の借家権を認めるものと解される。本件は、新設のショッピングセンター建設と異なり、震災滅失したショッピングセンターの再建であるから、店舗の位置や面積についても、優先借家権を有する旧出店者を予定したプランでならなければならない。

2  相手方の主張

(1) 罹災法は、従前の借地人・借家人が被災後の生活・営業に困ることがないようにとの趣旨で制定されたものであるから、各所に多数の店舗を有するような事業者には適用がない。

(2) 申立人の旧店舗は、建物ではない。ショッピングセンター「ラミ六甲道」内の各店舗は、陳列されている各テナントの商品と商品との間に仕切りがない、開店・閉店・休業は一斉になされ、個々のテナントには独自の営業時間を定める自由はない、採光・空調などは一切相手方の管理であった、施錠についてはショッピングセンター全体を相手方が管理し個々のテナント従業員は鍵を所持していない、このような実態からすれば、各店舗につき独立的排他的支配が可能といえない。

(3) 仮に申立人が優先借家権を有するとしても、申立人の希望どおりの借家権が成立するものでない。相手方としては、申立人が希望するのと別の場所に七五平方メートルの空間を提案している。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件に罹災法の適用があるか否か。)

罹災法上、その適用を限定すべき規定はない。同法は、震災滅失した建物に地域的に縁のある借家人の資力や意欲に期待して、震災復興を図るという目的を有していると解される。したがって、相手方主張の、他所に別店舗を有していることや多数店舗を有する事業者であることなどの事情は、申出拒絶の正当事由判断に当たっての一要素にはなり得ると考えられるけれども、罹災法適用の障害にはならないと解される。これと異なる相手方主張の見解は採用しない。

二  争点2(申立人が罹災建物の借主に当たるか否か。)

1  優先借家権の申出は、罹災建物の借主のみすることができる。この申出権は、罹災借家人の保護を図るために法律上特別に認められた権利であり、申出の結果、建物について借家契約が成立するものである。したがって、罹災した「建物の借主」の意味は、独立の「建物」を貸借していた者と限定的に解釈すべきであり、建物の一部の貸借の場合、当該部分が建物といえなければならないと解される。

本件申立人が震災前貸借していた店舗は、ショッピングセンター内の店舗であるから、申立人が罹災建物の借主であるといえるか否かは、右店舗が罹災法にいう「建物」に該当するか否かによることになる。

2  前記前提事実及び一件記録(乙11~14の3、審問の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(1) 構造等

従前のショッピングセンター「ラミ六甲道」は、六甲道駅構内の鉄道高架下に、鉄道高架の橋脚を柱、高架橋げた・プラットホームを屋根とし、これに外壁及び一階・二階の床面を設けた構造物である。かかる構造物を、別紙「ラミ六甲道店舗略図」のとおり、出改札口などの駅施設、ショッピングセンターに区分けし、さらに、ショッピングセンター内を各テナント用賃貸借部分に区画していた。

申立人の旧店舗が存したのは、右構造物の二階大阪方ショッピングセンター内であり、別紙「ラミ六甲道店舗略図」の斜線部分であった。

右ショッピングセンター部分では、各店舗は施錠設備を持たず、ショッピングセンター全体の出入口を施錠箇所とする構造であった。

(2) 賃貸借契約の内容

賃貸借契約の対象物件は、位置と面積で規定されていた。賃料は契約面積に毎月の売上高による一定の割合を乗じた金額と定められていた。賃借部分の工事については、床、柱、壁面間仕切り壁はコンクリート下地までが相手方、それ以上の工事、内装については、テナント側で工事費又は工事施工を負担する契約であった。

一斉の休業日以外に休業、店舗閉鎖をするには、予め相手方の承諾を要することとなっており、ショッピングセンター内店舗の営業は一律であった。テナントが他のテナントと境を接する付近における商品陳列ケースの配列、隔壁面の使用、通路等の設定については、相手方の指示に従うとの条項もあった。

(3) 申立人の旧店舗等の状況

申立人の旧店舗と隣の店舗とを仕切る障壁は設けられていたが、店舗の通路側から目測約一メートルの範囲は、その高さが腰高程度の障壁で、天井部まで全面的に障壁で仕切られていた構造ではなかった。通路と店舗区画との境は、床面の施行材料の別、色別で区別されていたが、通路と店舗とを隔てる障壁はなく、また、店舗前面に店舗と通路とを隔てるシャッターなど隔壁装置は設けられていなかった。

3  右事実によれば、鉄道高架下の本件ショッピングセンターは、鉄道高架の橋脚を柱として、高架の橋げたないしプラットホームを屋根として利用してはいるが、構造物全体として見れば、建物に該当すると解される。したがって、その一部分であっても、区分所有の対象となる建物専有部分と同程度に独立的排他的支配が可能であれば、建物といい得る。

しかし、申立人の貸借部分であった旧店舗は、建物とはいえない。すなわち、前記事実によれば、各テナントの各店舗はスペースとして区画区別され、各区画相互・通路との境は明確であったといえるが、申立人の旧店舗は構造上他の区画との間に完全な障壁はなく、また、通路との障壁はなかったこと、各店舗ごとに独自の施錠設備は設けられていなかったことなどからして、構造上も、管理上も、あたかもショッピングセンター全体が一つの店舗であって、各テナントは右店舗内の一販売区画のような形態であったというべきで、申立人の旧店舗は、独立的排他的支配が可能とはいえず、「建物」とはいえないと解される。

4  そうすると、申立人は、「建物」の借主といえず、罹災法一四条にいう罹災借家人ということはできない。よって、その余について判断するまでもなく、本件申立ては理由がない。

三  なお、仮に申立人が罹災借家人に該当するとしても、別紙図面斜線部分のうち一〇〇平方メートルにつき、借家権が存することを確認できない。

1  ショッピングセンターにおいて、店舗の場所はその営業にとって重要であること、申立人と相手方との出店条件の協議が、最終的には賃借面積等で合意に達しなかったという交渉経緯に照らすと、本件申立ての趣旨は、別紙図面の斜線部分のうち一〇〇平方メートルについての優先借家権の確認を求めるものであると解される。

かような申立ての場合、不告不理の原則からしても、右場所、面積以外の賃借部分の設定はできず、右場所、面積について、優先借家権の有無のみを判断することになると解される。

2  ところで、罹災法の解釈としては、以下のとおりと解される。

罹災法上、原則として申出から三週間の経過により、借家契約が成立するが、建物の割当てや具体的な借家条件は、協議又は非訟事件手続により、契約成立より後に定まることが予定されている。また、建物の一部の貸借であっても、優先借家権申出にあたっては、貸借部分を特定して申出することを要せず、具体的な借家条件を述べる必要もない。加えて、申出を受ける相手側において建築する優先借家権の対象となる建物は、罹災建物と規模、構造、用途などが同一であることを要せず、建物を建築する者において自由に設計建築することができる。したがって、新たに建築された建物の規模、構造、用途なども考慮して、具体的な借家条件が定まることになる。

これらからして、罹災法は、貸借場所や賃料などの具体的な借家条件についてまで、罹災借家人に優先権を付与したものとは解されない。したがって、貸借対象物である建物については、建物を建築する者において用意した建物が借家の対象になるのであり、罹災借家人は建物建築主に対し、罹災借家人が希望する建物を建築するよう求めることはできない。

3  右を本件に則して見れば、申立人の旧店舗が仮に「建物」に該当するとしても、新たに建築するショッピングセンターにおけるテナント用の各区画の位置・配置、面積等は、相手方の意向で定まるものであり、相手方が建築用意した区画の中から、協議又は非訟事件手続による割当てにより申立人賃借部分が定まるということになる。

しかしながら、申立人の本件申立ては、前記のとおり、別紙図面の斜線部分のうち一〇〇平方メートルについて優先借家権の確認を求めるものであり、申立人が希望するかかる区画は、相手方において予定しないものであるから、具体的な借家条件として設定することはできないといわなければならない。さらに付言すれば、申立人申出にかかる借家契約は、その具体的な借家条件が定まらないことが確定した、すなわち停止条件の不成就が確定し、無効に帰したと解される。

四  以上のとおりであるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 田口直樹)

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